4


 昼食を済ませたら自由時間だ。授業が始まるのは明日からだそうで、何とも優雅なことである。
 生徒たちが寮に戻ったり学院内をふらついたりと思い思いの行動を取る中、俺は中野からの申し出を受けて敷地内にある購買部を訪れていた。購買部とは言っても内部は幾つかに分かれていて、中でも大きいのは食品売り場だ。
「随分大きいですね」
「意外かもしれないけど、ここでは自炊する生徒が案外多いんだよ。ほら、お菓子作ったりとか」
 あーあれな、差し入れとかな。嫌そうな顔になったのに苦笑して、中野が俺を先導して歩き出す。
「こっちは食品売り場、で、あそこで本とか文房具を売ってる。衣料品を扱ってるところもあるけど、最低限しかないかな。まあ制服があるしね」
「わかりました」
 衣料品や文房具、生活雑貨を扱うスーパーマーケット。要するによくあるジェネラルマーチャンダイスストアのようなものである。主婦が喜びそうだ。
 実のところ外部生である俺には学院の地図をはじめとして必要な資料は事前に渡されているのだが、実際に歩いてみるのとでは違う。男としてあまり誇れたことではないが、俺は地図を見るのが苦手だ。つまり渡りに船だったということだ。わざわざ自分から言ったりしないけどな。
「中野さんも自炊されるんですか」
「うん。俺は一応特待生枠に入ってるだけの庶民だからね。ここの食堂、高いだろ。夜はもっとするんだよねえ」
「そうだったんですね」
 ならちょうどいい。
 勉学に関しては俺にとって既に過去に通った道だ。何の面白味もないし、障害にはなりようがない。この際いい機会なので、料理を覚えてみるのもひとつの手だろうと考えていた。実家にはコックが居たので手の出しようがなかったが、ここでなら誰も文句は言うまい。俺は暇を持て余してるんだ。
 とりあえず、まずは自分で試してからだな。俺は微笑みを絶やさず、スーパーで必要そうなものを適度に中野から聞き出して買い込んだ。ここのスーパーはなかなか面白く、輸入ものの食品まで取り扱っている。俺の押すカートはたちまちいっぱいになり、レジで精算をすると想定を大きく上回る金額になった。後半中野が無言になっていたが、いいんだよ俺は裕福だから。ほら、榊原グループの最初の企業立ち上げたの俺だし。
 荷物は半分中野に持たせた。


 それが、どうしてこうなったのか。
 わんわんと鳴り響く火災警報。充満する煙。警報をどうやって止めればいいのか見当もつかない上に、煙のせいで目が痛い。しかも臭いし呼吸も苦しい。最悪だ。
「げほっ、げほっ」
 俺はアメリカ産のマカロニチーズを電子レンジに放り込んでシャワーを浴びていただけだ。まだ料理すらしていない。だが電子レンジの操作を誤ったのか、レンジの中のマカロニチーズは消し炭になっている。今は沈静化してるが燃えたな、ありゃ。
 煙を吸うのは身体に良くない。というか警報が止まらん。俺は涙が零れて止まらない目を擦りながら換気扇を回した。が、焼け石に水だ。
 シャワーから上がったばかりで髪から水がぼたぼたと滴って寒いが、正直それどころの話ではない。ドアだ。ドアを開けて煙を逃がそう。ついでに俺も逃げよう。
「ごほっ、げほっ」
「榊原!」
 大音量で鳴り響く警報音に焦った俺がドアを開くのと、誰かが大声で俺の名を呼びながら駆けつけてくるのは同時だった。
「あ……」
「げほっ……何があったんだ、」
 開け放たれたドアの内側で棒立ちになる俺の前に、どこかで見たような男が立っていた。煙と涙で視界は最悪だ。恥を晒している上に、男の身長が高くて見上げる形になるのが俺のプライドをいたく刺激する。
 もうもうとした煙はさすがにドアを開け放っただけあって徐々に薄れつつある。だが、警報音を聞いて駆けつけてきたのだろうに、男は俺を見て黙り込んでいる。おい。わざわざ来たからには解決策くらいあるんじゃねえかよ。さっさと動け。
「……榊原?」
「はい。げほっ、申し訳ないのですが、電子レンジを焦がしてしまったようです。火災ではないので、この警報音を止められませんか?」
 何でこの男が俺の名前を知ってるんだ。表札を見たのか。いや、そんなことはどうでもいい。俺は真夏の蝉を虫籠いっぱい集めたような騒音が相変わらず続く中、努めて穏やかに状況を説明した。
「……お前が榊原、か?」
「はい」
 だが、男は俺の名前を確認するばかりで何の行動も取らない。煙はほとんど拡散している。
「あの、何とかしてくれませんか」
 腰にタオルを一枚巻いたきりの格好は寒いから早くこの警報を止めろってことだよ、言わせんな。


Prev | Next

Novel Top

Back to Index