3「そんな馬鹿な」 十分後、俺は思わず素に戻って呟いていた。正直なところ、呆然としている。 全く意味をなさなかったオリエンテーションを経て、俺と中野はカフェテリアに来ていた。やたらお洒落な呼び方をしているが要するに学生食堂である。普通に学食と呼べよ。 そこで俺は日替わりランチを食べながら中野からこの学院についての説明を受けたのだが、とにかく何もかもがおかしいのである。 「いや、それが事実なんだよね」 「生徒会役員を顔で選ぶことか。あるいは親衛隊とかいうもんが実在することか。更には制裁なんぞがまかり通ることか、ぁあ?」 「榊原くん背中のチャックの中身出てきてるんだけど」 「……それだけ衝撃的だったんです。で、どうなんです? 全て事実で間違いありませんか、冗談ではないんですか」 「晃人くんって見た目繊細そうなのにギャップがもう萌える萌えない通り越して本性って感じだね〜、そうだよ事実だよ残念ながら」 中野がフォークでくるくるとパスタを巻きながら苦笑するのを横目に、俺は頭を抱えた。一応取り繕ってはみたが、もう口調とかそういう問題ではない。もう女どもに囲まれるのを我慢することも辞さないので転校したい。今すぐに。……親の体面を考えるとそんなことは出来ないが。 「時代錯誤にも程がありませんか……」 「まあほら、ここってものすごく閉鎖された世界だから、なかなか変わらないまま今に至ってるんじゃないかな」 「はあ……」 困惑も度を超すと無感動になるもので、最早どうにでもなれという気分である。俺は現実から目をそらし、テーブルごとに設置されているタッチパネルを操作して杏仁豆腐を注文した。このシステムを最初に見た時には居酒屋かよと思ったが、流石に口には出していない。 「だから親衛隊を抱えている人にはあんまり近付かないのがいいかもね」 「ふうん」 へらりと笑う中野に、俺は目を細めてうっすらと笑い返す。 「それでは中野くん、僕は君にもあまり近付かない方がいいようですね?」 「あ、ばれた?」 「ええ」 そもそも隠す気もないだろてめえ。外部生だからって試そうとしやがって。微笑みの裏にそっと本音を滲ませる。 「先程から視線がうるさくて」 「判断基準そこなんだ」 「僕はストレートですし、そもそも人の顔の美醜がよくわからないんです」 俺はガキに食指が動かない理由を、こう言うことで誤魔化すようにしてきた。 俺の外面に惚れて告白してくる女どもは確かに鬱陶しいが、中でも自分の容姿に自信のあるタイプは最悪の部類だ。こんなに美人なのに何で付き合わないの。こんなに可愛いのに何とも思わないの。それらの台詞を何度聞かれたことだろうか。 俺も最初のうちは毎回何かしらもっともらしい理由をつけて断っていたが、ネタはあっという間に尽きた。正直俺をやたら軟弱な顔に産んだ母親を恨みたくなったが、恨んだところで事態は解決しない。そこで、俺は人の美醜がわからないと言うことにした。どうせガキはガキだからあながち嘘でもないしな。少なくともそれで「こんなに綺麗なのに」云々は黙らせることができた。周囲に可哀相なものを見る目で見られるくらい、女どもに付き纏われ縋られ泣かれ逆切れされるよりはましだ。 だが、ホモが文化になっているというこの学院ではどうだろうか。俺はにっこりと浮かべた微笑のままで目の前の中野を見つめた。確かにお綺麗な顔はしているが、何の感慨も湧かない。 「ふうん」 中野は少し怪訝そうな顔を見せたものの、一応は納得したようだ。良かった。俺はこれでもこいつを少しは頼りになりそうだと考えているのだ。青臭い色恋やその可能性で中野との関係を歪めたくない。 「俺の親衛隊なんてごく小規模なものだけどね、ちゃんと言っておくから安心していいよ」 「はい」 今度こそ俺は本心からの笑顔で頷いた。敵は少ないに越したことはない。中野以外の親衛隊持ちには死んでも近付くものか。 |
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