2結論から言うと、プラスマイナスゼロどころかマイナスだった。 俺はすぐ目の前に立つ、やけにちゃらちゃらした若造を半目で眺めながら溜め息を押し殺す。 「で、何か質問ある奴はいるかー?」 教師にあるまじき軽い口調でニヒルに笑うのは、心底残念なことにこのAクラスの担任である和泉要(いずみかなめ)だ。自己紹介によると新任らしいが、二十代前半など俺から見ればまだケツに卵の殻をつけたヒヨコみてえなもんだ。それが教壇に立って偉そうにしてるんだから片腹が痛い。 「和泉先生ぇ、彼氏は居ますかぁ?」 担任の発言に早速食いついたのは、やたら女々しい少年だ。何だその言葉遣いは。野郎の癖に女子高生まがいの口調は鳥肌ものだ。もっとしゃきっとしろ。 だが、和泉はそれを気にした風もない。それどころかわざとらしく肩を竦めた。 「居ると思うか?」 水商売かよ。呆れて言葉も出ないが、生徒たちはそうは思わなかったらしい。数人からきゃああという声が上がる。 「和泉先生かっこいいーっ」 「僕っ、立候補したいですぅ!」 「ふふっ、居ないとも言ってねえがな」 生徒たちから悲鳴が上がる。 「秘密ってことだよ」 教室を揺るがす黄色い声に満足げに笑う和泉が、脱色された金髪をかきあげる。 和泉の肩に届きそうなほど長い髪の下から幾つものピアスが見えて、俺はますますげんなりした。シャツが全開になった胸元にもシルバーアクセサリがじゃらじゃらしていて、歌舞伎町のホストクラブになら馴染みそうだ。つうかお前の適職は高校教師じゃねえよ。さっさとホストクラブで稼いでこい。 「おら、もういいだろう。次、他に質問ある奴は?」 「好きな食べ物は何ですかっ」 それを知ってどうする。作って差し入れるのか。こいつらの女々しい調子だと髪の毛の一本や二本は入れかねないが。 「休みの日は何してるんですかぁ?」 こういうのは大概有閑マダムとデートして小遣い稼いでんだよ。事実かは知らんが俺がそう決めた。 「せっ、先生っ、僕のことどう思いますかっ!」 しょんべんくせえホモガキに一票。 俺は不自然に見えない程度に、可能な限り顔を俯けた。黄色い声が騒々しくて、耳を塞ぎたい気持ちでいっぱいだ。担任の発言も何もかも無視して、俺は虚ろな目で机に置かれた教材の表紙を見つめている。平常心だ榊原晃人。平常心。 そう言えばこの時間はオリエンテーションだったはずだよな、と俺が思い出したのは、ベルが鳴って担任の和泉がガキどもに囲まれながら教室を退室してからだった。ぶっちゃけ何も聞いていないが、どうせ大した説明もしなかっただろう。 つくづく先が思いやられる。丸々一時間眺めていた教科書をぱらりと捲って、ようやく俺は溜め息を吐いた。 |
Prev | Next Novel Top Back to Index |