4


 入寮の手続きと荷ほどきを恙なく終わらせ、父親の秘書が帰って行くのを見送ってから一晩明けた。
 本来ここの寮はコミュニケーション能力を向上云々とかいう目的のために二人部屋であるのが普通なのだが、俺は父親に珍しく我が儘を言って一人部屋にさせた。普段はやれパーティだの何だので面倒な榊原家の力も、こんな時ばかりは助かる。
 この学院はそもそも幼稚舎からのエスカレータ式で持ち上がってくる者が大半だ。落ちこぼれのために大学まで備えられている。馬鹿を生んだ名家には最高の救済策だろう。だが、基本的には親の期待を一身に背負っている人間が圧倒的多数だ。学院の説明にはそうあった。学業のレベルは高いし、進学率も素晴らしい。俺にやる気なんてものは皆目ないが、まあ両親のためを思えばある程度は安心させてやる必要があるだろう。
 理事長による入学式の挨拶が長い上にかったるいのでつらつらとそんなことを考えていると、不意に空気が変わった。
 きゃああ、とか、うおお、とかいう叫び声が一斉にあがる。おい、うおおはともかく、きゃああって何だよ。ここは男子校だぞ。女でも紛れ込んでんのか。驚いてサングラスがずり落ちるかと思ったぞ、くそ。
 顔を上げた先には、何人かの生徒たちが居た。学年を表すネクタイの色が緑なのは、どうやら上級生である。中には俺と同じ学年である赤のネクタイをしているのも混じっている。
「駒場(こまば)さまーっ」
「桂(かつら)さまあああ」
 会場が揺れ動いているのではないかと錯覚しかねない騒ぎだ。ある種の阿鼻叫喚だな。
「何だこれは……」
 思わず素に戻って呟いた声は騒音に紛れて自分自身ですら聞こえない。
『静粛に』
 緑のネクタイをした二年生がマイクに向かって発声した途端、喧騒がぴたりとおさまった。お前らは調教されきった犬か。
 満足そうにひとつ頷き、二年生が一年生に場所を譲る。遠目から見ても何やら偉そうな男だ。身長がいかにも高そうなのが羨ましい。
『ここで今年の生徒会の紹介を行う。……てめえら黙って聞いてろ』
 偉そうどころの話ではない。何様だ。だがあの騒音には参ったので生徒たちを静かにしておいてくれるならもう何でもいい。
『まず、生徒会庶務、北薫(きたかおる)、北徹(とおる)』
『よろしくお願いしまーす』
 どこからどう見ても双子にしか思えない一年生が二人出てきて挨拶をする。まあ十中八九双子で間違いないだろう。
『続いて、会計の伊都聖司(いとせいじ)』
『よろしく〜』
 何だあのちゃらちゃらしてるのは。ネクタイからして二年生なのだろうが、髪も茶色い上にピアスまであいていてどうにも軽い。
『書記、雨宮篤志(あめみやあつし)』
『よろしくお願いします』
 今度は硬派だ。会計とバランスを取ろうとでもしたのか。一年生の癖に俺様野郎すら上回る長身に分厚い胸板をしている。絶対に殴り合いになりたくない。
『副会長、桂秀一(しゅういち)』
『よろしくお願いいたします』
 にっこり笑ってるけど目が笑ってない。あいつ絶対性格悪いな。二年生だから接点なさそうだが。
『そして俺が生徒会長の駒場新(あらた)だ。わかっていると思うが、ここでは俺がルールだ。貴様らは黙って従え。以上だ』
 だが断る。俺は胸の内で力強く拒絶した。ガキが何ふかしてんだよ。たかが高校ひとつ仕切ったくらいで自信を持ちすぎである。そんなんじゃ社会で揉まれた時に折れるぞてめえ。
「うおおおお北さまあああ」
「伊都さまーっ」
「きゃああ雨宮さまあああ」
 あー高校の選択間違えたかな……。
 建物をびりびりと震わせる歓声の中で両耳を塞ぐ俺は、入学初日にして早速後悔していた。


Prev | Next

Novel Top

Back to Index