3俺の弟というか父親というか、あーもう父親ってことにしとくか。俺の父親は、俺が榊原利晃として生きていた頃、俺のすぐ下の重役をやっていた。会社を継ぐにはまだ早過ぎる息子たちのことを考え、将来継ぎたくなるとも限らないことだしと、俺は早い段階から代表取締役の椅子をあいつに譲っていた。 で、実のところ俺以上に才能があったくせに俺の金魚の糞をしていた父親は、そこで本来の才能を開花させた。 今や俺の始めた企業は世界に名だたる榊原グループである。まじかよ。さすが俺の弟。いや父親か。 その息子に生まれた俺の名前は榊原晃人。まあ当然ながら賢い。この頭には前世で散々努力した結果が詰まってるからな。幸いなことに運動神経もなかなかだ。父親は榊原グループの総裁。母親は父親がまだ学生のうちにうまいことゲットしたフランスのオペラ歌手。俺の人生は順風満帆だった。だったというか、今まさに順風満帆だ。 しかも俺の容姿は母親のお陰かやたら整っている。俺は幼稚園時代からとにかくモテた。幼稚園児たちに群がられては結婚の約束を持ちかけられ、小学校では告白されまくり、中学校ではラブレターで鞄を一杯にした。 だが、それが何だと言うのか。 俺は榊原利晃だった。つまり、四十四歳だった。更に榊原晃人としてかれこれ十五年間生きてきている。今年の七月には十六歳だ。どういうことかと言うと、外見はともかく、俺はもうすぐで還暦を迎えるってことなんだよ。しかも前世ではこの世の春を謳歌しまくって満足してた。つまり枯れてんの。大人の女にすら興味を持てないのに今更しょんべん臭いガキに食指が動くはずもない。 「お父さま、僕は男子校に行きたいです」 だから、俺がそう言い出したのは当然の結果だった。男子校だ。野郎どもしか居ない環境だ。それなら告白を断る度にビンタをかわしたり泣かれたり喚かれたりする面倒から逃れられるだろう。俺はガキの相手に疲れきっていた。 「晃人……!」 子供の頃気持ち悪がってだいぶ拒絶したからだろうか、父親はとにかく俺が話し掛けるだけで感動するうざい父親にランクアップしていた。俺は両目を潤ませる父親に辟易して言葉を付け足した。 「全寮制だと尚いいです。というか、全寮制がいいです」 そういう訳で、俺は良家のご子息がやたら集っていると評判の全寮制の高校、青雲学院に入学することになったのだった。 「あー……」 入学式の前日、俺は父親の秘書の横で半目になって溜め息を吐いていた。 全寮制で実家からそこそこの距離があり毎週帰る必要のない、そこそこちゃんとした高校。条件を確認して決めたのは確かに俺だが、こんな山奥だとは。 「お疲れでしょうか」 徒歩で行こうとすれば最寄りの駅からバスに乗らなければ辿り着けない距離にある、ヨーロッパの古城のような学院の建物を眺めてまた嘆息する。 「いいえ、……ええ、そうですね」 前世では何よりも苦手だった丁寧な言い回しは、うっかり本音をぶちまけないための予防策として小学校の頃から続けている習慣のひとつだ。 俺にはどうも、良家の子息だという意識が足らない。俺が起業するまで榊原家はごく普通の一般家庭だったのだから仕方ないが、今ではそうはいかない。何だかんだで生活から教育まで一流のものを受けさせられているからには、きちんと振る舞わなければならない。 「本日は入寮の付き添い、ありがとうございます。後は自分でいたしますので、ここまでで結構ですよ」 「いえ、荷ほどきまでお手伝いするよう申しつけられておりますので」 「わかりました。……では参りましょうか」 父親の秘書ににっこりと微笑み、俺は巨大な門をくぐった。 あの過保護野郎め、もう高校生にもなるんだから荷ほどきくらい自分でやらせろ。ガキを甘やかすと普通はつけあがるぞ。 |
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