4たかだか一回男に突っ込まれたくらいで、何が変わるわけでもない。そう思っているはずなのに、あれから俺は会計と視線を合わせられなくなった。 会計とはそんな関係ではないはずなのに、あたかも不貞を働いたような罪悪感や、失望されることへの恐れがこみ上げてくる。それは理屈を超えて感情という形で押し寄せ、その度に俺は視線を落としてしまう。 本来なら、一度だけ男と寝たら、痕跡が消え次第すぐにでも告白するつもりだった。だが、普通の態度すらうまくこなせていない今の俺では、告白したところで成功が危ぶまれる。そう考えると、どうしても踏み切れない。 あいつが処女は重い、責任取れないって言ったんだ。俺はあいつに顔向けできない真似はしてない。そう思っているのも事実なのに、俺は俺自身をコントロールしかねていた。いっそ本人にぶちまけてしまいたい。お前に少しでも俺のことを見て欲しいから、そのために、重いと思われないように処女は捨ててきたんだ。そう言ってしまいたい。 俺の態度が変わったことに、会計は少しばかり勘づいてしまったようだ。俺への接し方が変わらないことが救いではあったが、時々態度のおかしい俺を気遣うような素振りが見て取れる。俺はそんな会計にますますときめき、そしてますます焦燥した。 もう、潮時かも知れない。悩み抜いてほとんど眠れずに迎えたある朝、俺は洗面所の鏡に映る俺自身を見据えて腹を括った。睡眠不足が続き、顔色が心なしか白く見える。 俺と会計との間の違和感は徐々に大きくなるばかりで、このままだとただの悪循環だ。少なくとも処女ではないという条件は満たした。他にやれることもない。今日なら生徒会の活動もない。今日こそ、あいつに告白しよう。 不安がないわけではない。だが、やるべきことをやらずして成功は有り得ない。鏡の中の自分に言い聞かせ、俺はしっかりと身だしなみを整えて自室を出た。 始業前のざわめく教室に着き、生徒たちと挨拶を交わす。俺より随分早く来ているのが副会長なら、遅刻ぎりぎりでやってくるのが会計だ。 「またギリギリか。たまには余裕を持って登校しろ」 「えへへ、ごめんごめん」 今日も教師の来る一歩前に教室に入ってきた会計が、担任から小言を食らっている。軽く小突かれ、照れくさそうに笑う会計に胸が高鳴った。俺はそんなやり取りを視界の隅に入れ、窓の外を眺めているふりをする。そうやって周囲に違和感をおぼえさせないように振る舞いながらも、俺はじりじりと午前中の授業が終わるのを待った。 やっと午前中が終わり、俺は教室から教師が出て行くのを待って席を立った。出来る限り心を落ち着かせながら会計に声をかける。 「悪いが、少し話……いや、相談があるんだ。放課後、時間を取ってくれ」 突然声を掛けられ、会計がきょとんとした表情で俺を見上げる。少し長めの髪が揺れて、ほのかに百合の香りがした。 「放課後かあ。うん、いいよ」 「助かる」 微笑みを浮かべる彼の瞳には、俺だけが映されている。喜びと、そして後ろめたいような気持ちが入り混じり、俺はすぐに目を伏せた。 「……じゃあな」 俺を待っていた副会長と連れ立って食堂へ向かう。心臓がばくばくと鳴り続けていて、食欲なんて全く感じられなかった。 |
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