リモート/コントロール 1
わかるひとには超有名らしいIT系の企業でセキュリティ担当なんかやってる隣のおにーさんが言うには、アメリカあたりでは狙う企業の駐車場にわざと機密って書いたUSBメモリを落としておく手口が昔ちょくちょくあったらしい。見つけた奴がどんな機密情報が入ってんのか気になってPCにUSBメモリを差し込んだら何もなくて拍子抜けするけど、実は中にはセキュリティを内部から突破することのできるプログラムが入っていて、それでハッキングが成功しちゃうってわけ。 何でこんなこと言い出したかって、変なものを見つけたからだ。似たような状況で。 俺が大学裏の駐車場でそれを見つけたのは偶然だった。何かのリモコンっていうよりは、小型の音楽プレイヤーみたいなそれ。本体は黒くて、小さな液晶ディスプレイがついてる。ざっと見てみたけど音楽プレイヤーにしてはイヤフォンジャックがないし、だけど上下左右に選択できるボタンと、音量調節用っぽい上下のボタンがついている。 何なのかわからなくてこねくり回していたら電源を入れていた。誤操作しない、スライド式のやつ。 音もなく液晶ディスプレイが点灯する。お、と思って覗き込むと、表示された画面は本当に音楽プレイヤーみたいなのに、変なメニューしかなかった。 催眠コマンド1ってなに。コマンド2もコマンド3もあるけど。なにこれエロゲ? 俺はストーリー重視のノーマルなやつしかやったことないからエロゲでもこんなの見たことない、でも、それにしたってちょっとこれはおかしい。 カチ、と上下左右が選べるようになってるキーを押すと、催眠コマンド1ってやつが開いた。えーと、選択肢が、消去、復元、上書き……なんだこれ。データ管理画面かなにか? ひとつ戻って、今度は催眠コマンド2を開く。友達、親友、家族、恋人、初期化ってあるんだけど。なにこれ。コマンドじゃねえだろこれ。メニューにコマンドってつけるなよ。 「ひーびきー、帰ろうぜー」 「なんだ、大輔(だいすけ)か」 「探したのにそれかよ!」 「どうせゲーセン行こうとかそんなんだろ」 誰かのものを勝手に弄っていることに罪悪感があったのか、声をかけられた瞬間ちょっと飛び上がりかけた。だけど、いつも通りの親友の態度を見ていたら何だか現実に帰ってきたような気分になって、俺はほっと肩から力を抜いた。 「そうそう! ゲーセン行こうぜ」 「まんまじゃん」 笑いながら、一瞬この謎の物体をどうしようか迷った。一度拾ったものをまた地面に置くのも微妙だし、かといってわざわざ説明するのも面倒くさくて、俺は手に持っていたそれをポケットに突っ込んだ。 カチ。 ポケットに入れた拍子に何かのボタンを押したようだ。電源切るの忘れてた。まあいいか。 「お前の奢りなー」 いつもの冗談を口にして大輔の肩をぽんと叩く。ここで大輔が俺の台詞に被せる勢いで拒否するまでが一連の流れ。 だけど、大輔はすぐさま拒否ったりせず、ちょっと照れたような顔をした。あれ、いつもと何か違う。 「仕方ねえなあ、響(ひびき)は。今日だけだぞ」 「え?」 「ほら、ゲーセン行くぞ。今日は好きなのお前が決めていいから」 俺は急に太っ腹なことを言い出した大輔をぽかんと眺めた。何か悪いもんでも食ったのか。 「えっ、大輔どうしたんだ」 「大輔じゃねえだろ、ちゃんと兄貴って呼べよ」 「はあああ?」 意味がわからん。いや確かに大輔は俺より三ヶ月ばかり年上だけど。でも今まで一度もこんなこと言われたことねえぞ。 混乱する俺に、むしろ大輔の方が不思議そうな顔をしている。 「だってあの、何で急に奢る気になったんだよ」 焦るあまり変な質問をしてしまった。突っ込むとこそこじゃねえ。 だが、大輔はさも当たり前のように笑いながら俺の頭を撫でてきた。 「何言ってんだ、家族だろ」 俺とお前は大学入ってからの友達だし血なんて一滴も繋がってませんけど!
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