明日もきっと晴れないよ男同士はそもそもセックスするようにできてない。それなのに無理にやるセックスは何もかも気持ちいいだけじゃなくて、面倒だし、痛い。 「ん、う、う」 粘性の高いローションをぐちゅぐちゅいわせてかき混ぜられるのは、いつものことながら最初のうち違和感があって気持ち悪い。ぐり、と穴を広げるそいつをぼんやり眺めながら、俺はほとんど何も考えずに息を漏らしている。 「んっ、ふ……」 自分で自分のなかに触ったことはないけど、指で探られる感触のせいでなかのかたちを知ってはいる。ぐりぐりと指が回されると、指って案外硬いんだなって実感する。それだけ、からだのなかが柔らかいってことなんだろう。 「ね、気持ちいい?」 指しか突っ込んでないのに奴の呼吸は少し上がっている。突っ込まれた二本の指が内部を押し広げ、ぐぷっという音と共に粘膜が外気に触れたのがわかった。 「すごい、えろい……」 はあ、と熱い吐息。えろさの基準がよくわからない。俺だったら人の体内なんか見てえろいなんて思わない。 「はぁ、あ、まだ?」 なんであんなところを弄られて呼吸が乱れるんだろう。自分でも自分の震える声が不思議だ。やるならさっさと済ませて欲しくて問い掛けると、奴は興奮の滲む目を細めてのしかかってきた。女じゃないんだから脚をめいっぱい開かれると股関節が痛い。 「ん……」 「あ、あぁ、あ」 ぐ、と押し入ってくるのは奴のペニスで間違いない。奴の指と舌とペニス以外突っ込まれたことがないから他は知らない。 耳元で何か堪えるような声を聞いて、それで何故か俺の体温まで上がるように錯覚する。どういう仕組みになっているのか全然理解できない。 ぐっぐっと少しずつ入り込んでくるそれに、なかがびくびく震えながら絡みつく。粘膜同士の接触はおかしいくらい気持ちよくて、だけど押し広げられる鈍い痛みがあるから快感にはまだ集中しきれない。 半分くらい入ったところで緩やかに抜き差しされて、腰が震えた。 「っは、あ、ふあ」 腰から震えが背筋を伝わってきて、俺は首を仰け反らせた。少し伸びた髪が顔にかかって鬱陶しい。そう思ったのがどうやって伝わったのか、奴が手を伸ばして髪を払った。額に滲んだ汗のせいではりついていた髪がよけられて、少し気分がよくなる。 「直哉(なおや)、直哉……」 聞こえているのに何度も名前を呼ぶ。俺にのしかかっている、潤一郎(じゅんいちろう)の名前を俺は呼び返したりしないのに。こいつは俺にはわからないことばかりする。 奴は俺の顔を見つめたまま腰を振っている。そのたびにぐじゅぐじゅと音が鳴って、俺の柔らかな内部がかき回される。ぞわぞわとこみ上げてくる感覚はほとんど快感だけになって、俺は喉の奥から出る変な声を堪えられなくなる。 「くぅ……、う、ん、ん、あ」 どうしてこいつは俺とセックスするんだろう。濡れもしない男にローション使ってなかを広げて、ペニスを突っ込んで腰を振って、最後には中に出した精液を処理しないといけない。面倒だ。少なくともやられる俺は面倒に感じている。 「あ、あっ、あっ」 だんだんと、奴の動きが激しく、深くなる。なかを抉るように擦られて、奥へ奥へとペニスが進んでくる。いっぱいになったそこが収縮して、俺は明らかな快感に唇を震わせて嬌声をあげる。なんであんなところに突っ込まれて感じるんだろう。わからない。わからない。 「直哉、ここ、気持ちいい……?」 俺のなかに不思議なほど感じる部分がある。そこをペニスの張り出した先端で擦られると、反射的に腰が引けそうになるくらい感じる。 「ああっ! あっ、あ、ひっ」 最初感じていた不快感はすっかりどこかへ消えてしまっている。腰を回すように押しつけられて、俺は潤一郎にしがみついて喘いだ。気持ちいい。経験したことがないほどの感覚を奴は俺に与えるけど、女ともやったことのない俺には普通と比べてどれくらいなのかは判断できない。 触ってもいないペニスが緩く芯を持って、突き上げられる度にふらふら揺れる。 「あうっ、うっ、ん、ひうっ」 喘ぎ声ってどうして自分の意志で止められないんだろう。潤一郎の背中を掴んだ指先が汗で滑る。何度も掴み直して、指先に力をこめる。俺の首筋に顔を埋めた潤一郎がそこを強く吸い上げて、ちくりとした痛みをおぼえた。キスマークなんてつけたって、どうせ奴本人しか見ない。 「直哉、直哉……」 奴のペニスが俺のなかを跳ねて動いてぐしゃぐしゃにする。そのリズムは速まったり緩やかになったりして、どちらにしても俺は切ないくらいの快感に翻弄される。 「あっ、あーっ! ああーっ!」 ぬぼっと音を立てて引き抜かれた瞬間に、激しい快感が駆け抜けて俺は射精した。ペニスの先から断続的に精液が噴き出る、その最中にまた奴のものを入れられて俺は悲鳴を上げた。 「あひっ、あっ、やっやめ、あううっ」 もうとっくに射精しているのに、無理矢理射精を続けさせられる。感じすぎる場所をごりごり擦られて全身が痙攣した。もうぼんやりしていられる余裕はなくて、俺は涙をぼろぼろこぼしながら舌を突き出して喘ぐ。 「ひいっ、ひあっ、あっああーっ!」 涙でぐしゃぐしゃになった俺の目元を奴が舌で舐める。奴も荒く短い呼吸を繰り返していて、それが俺の肌にかかるだけで何故か腰が痺れたようになる。 「直哉……っ」 名前を呼ばれたと同時に、俺のなかにどっと熱いものが溢れる。精液を出し切るために何度か突かれて、それも気持ちいいのに俺はそれ以上の快感を受け入れる余地がないからつらい。足の指先までぴんと伸びて、背筋を反らせて俺はなかから頭まで電流のように走り抜ける快感にわななく。 「ふああっ、あ、あううっ」 射精したばかりの俺のペニスから、また精液がどろっとこぼれる。連続でいったってことなのかもしれない。 呼吸は全力疾走したように荒くて、喉の奥が渇いて俺は何度も口を閉じて唾液を飲み込もうとする。奴が俺に覆い被さってきて、唇を重ねて舌を絡めてくる。流し込まれる唾液を飲み下すと、呼吸は苦しい代わりに少しだけ喉が楽になった。 「直哉、大丈夫?」 問い掛けられて、俺は目を閉じて小さく頷いた。過敏になったなかはまだ痙攣していて、ビクビク動いてなかにあるペニスを締め付けている。そのペニスがピクリと硬さを増して、それだけでぞわりと快感がこみ上げる。目を開いてみると、奴が不思議な眼差しで俺を見ていた。ひとの目を見ているだけで感情なんか伝わるわけがない。俺は潤一郎が何を考えているのかわからないまま、ぼんやりとその綺麗な目を眺めた。 ぐ、とまたなかのペニスが膨らむ。 「ごめん直哉、もう一回……」 落ち着きはじめていたはずの息を熱くして、潤一郎が俺の耳に囁いた。拒否するために首を振る気力すらなくて、俺は目を閉じかけて、それから緩く顔を上げて問いかけた。 「明日は……晴れる?」 潤一郎が首を振る。昨日も、一昨日も、その前もしたように。 「明日も真っ暗だよ」 それから、またセックスが始まった。 すごく変わったことに、俺には未来が見える。 といっても、実際その未来が必ず訪れるわけじゃない。未来には色んなパターンがあって、その幾つかを試してみることができるだけだ。もっとわかりやすく言うと、起こり得る未来をシミュレーションしてみることができる、ということ。 俺がこのわけのわからない能力に気づいたのは中学生になった頃のことで、これがいわゆる中二病かと思った。 だけどこの能力は俺が高校生になっても大学生になっても変わらなくて、何のちからもない中学生が自分に奇抜な設定をして自己肯定をするのとは少し違うことに気がついた。そもそも最初から自覚していたら中二病じゃないらしい。 俺が大学で潤一郎に出会ったのはほんの偶然で、たまたま履修していた授業のひとつが被っただけだった。明るくて爽やかで、いい奴だなと思ったらいつもの癖で未来をシミュレーションしていた。これから先、長い付き合いになるのかどうか。それが知りたかっただけなのに、結果は俺の予想を超えていた。 ひとつめの未来では、俺は奴と無理心中させられていた。潤一郎は俺に恋したのに、俺は潤一郎を好きにならなかったからだと、奴は言っていた。 ふたつめの未来では、俺は奴に強姦されて監禁されていた。毎日暴力を振るわれて犯されて俺はボロボロになるのに、奴は俺より傷ついた顔をしてやっぱりボロボロになっていた。そのまま最後はやっぱり無理心中だった。 みっつめの未来では、俺は奴に後ろから刺されて殺された。奴を避けた俺はそのうち彼女を作って幸せになるけど、たった一度まともに会ったきりの俺への気持ちを抑えられなかった奴は思いあまって俺を殺すことにしたらしい。しかも後追い自殺していたから、要するにこれもまた無理心中だ。 なんだ、俺はどうせ死ぬのか。 そう思ったら、今までの人生も何もかもどうでも良くなった。俺に残された未来は短すぎる。なら、少しでも苦しくない死に方をしたい。 俺は自分から潤一郎に近づいて、連絡先を交換した。一週間後に会いたいから、少し待ってくれと言うと、潤一郎は不思議そうな顔をした。 一週間のあいだに、俺は身辺整理をした。大学を辞め、携帯を止め、荷物を処分した。家族には連絡しても何と言っていいかわからないから、黙っておいた。最後に借りていたアパートを引き払い、その足で奴に会いに行った。 俺のこと監禁したいんだろ。そう言うと、奴は驚くより先に俺を抱き締めた。 連れて行かれた奴の部屋には俺のために色んなものが揃えられていて、やっぱり俺のシミュレーションした未来は間違っていなかったんだなと実感した。そして、もう二度とあの能力を使わないことをその時に決めた。自分の死期は知りたくない。 奴は俺にひとつだけ約束した。 雨戸も閉めて遮光カーテンを引いて鍵をかけた部屋のなかで暮らす俺を、晴れた日には連れ出してくれるって。 だから、俺はいつ終わるかわからない毎日を過ごしながら、毎日奴に問いかける。そのたびに潤一郎は微笑む。 明日もきっと晴れないよ。 |
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