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「だから、舐めたいんだろ?」
 咄嗟に何を言われたのか理解できなくて、俺はぽかんと貴也を見つめた。ほら、とさっきまで俺の手首を掴んでいた左手が差し出されている。
 え、どういうこと。舐めてもいいの。
「いいっつってんだろ。好きにしろよ」
「はっはいぃっ!」
 そんなことはっきりとは言ってなかったはずだけど、そういうことなら是非舐めさせていただきます! いいの! 俺は貴也に関する欲望には正直なの!
 俺は貴也の手を押し頂くと、しばらく無言で眺めた。中学生の頃よりは大きくなった手。喧嘩慣れしてたこができているのに、綺麗な形をしている。指が長くて、少し節くれだっている。貴也の、貴也の手だ。捧げ持つ俺の手がぶるぶる震える。緊張とか感動とか興奮とかで頭が真っ白になりそう。
「は……」
 しばらく躊躇ってから、俺はようやく貴也の指先に震える唇でそっと触れた。どういう心境で許可してくれたのかはわからないけど、そう簡単にぺろぺろやれないくらいには俺の愛情は煮詰まっている。
「ん……ふ……」
 舌は出さず、唇だけで一本一本の指をなぞっていく。手の甲も掌もひととおり辿ってから、手首にキスをした。呼吸が自然と荒くなってしまって、気持ち悪い思いをさせないように可能な限り堪える。それからゆっくり唇を開いて、人差し指を下から舐め上げてから口に含んだ。
 どうしよう。興奮する。貴也の指を舐めてる。味と皮膚の感触を舌先で確認する。少ししょっぱいような味がなくなるまでしゃぶる。
「はあっ、……貴也……」
 ちゅ、と人差し指の先にキスしてから、中指にも同じようにする。順番に舐めていって、最後に親指。俺の唾液がつうっと親指の付け根を垂れ落ちそうになって、それを追って顔を傾けて舐めとったところで、すっと手が引かれた。
 あ。夢中になりすぎた。
 慌てて顔を上げると、貴也がじっと俺を見下ろしていた。その目からは彼がどんなことを考えているのか全く読めない。その顔に不快感が見当たらなくて、俺はほうっと息を吐き出した。
 とりあえずもう二度と誰ともキスしない。絶対しない。貴也の指が触れた俺の口の中には他の誰にも触れさせない。
「ごちそうさま……」
 何と言ったらいいのかわからなくてそれだけ述べると、変な顔をされた。さっきまでは何の感情も読み取れなかった貴也の両目が、理解できねえ、と雄弁に語っている。
 うう。そうだね、俺は変態だね。自覚してはいるけど変態ってどうやって治したらいいんだろ。
「ったく……何が面白いんだか」
 貴也が呆れたように言ったかと思うと、捧げ持つ姿勢のままだった俺の手を掴んでおもむろに口に入れた。
「……!」
 ごめん待って俺さっき舐めたのでまた勃起してるから! そんなことされたらいっちゃうから!
 言葉すら出せずにぱくぱく唇を開閉する俺に構わず、貴也が温かな咥内に俺の小指を含む。舌がすうっと指を舐める。
 嘘だろ。貴也が俺の、俺の指を舐めて、そんな、そんなエロいことを貴也が俺に。
 やばい。フェラに似てるこれ。
「ふあああっ」
 じゅっと軽く吸われた瞬間、俺はまたいっていた。
 ごめん貴也。俺今ほんとに心底死にたい。でも今夜多分これを思い出して抜くと思う。
「あ……っは、あ……」
 二回もいってしまった。流石に体力を消耗してしまい、床に崩れ落ちて肩で息をする。
「聖司」
「はい……」
 まだ呼吸は苦しいが、名前を呼ばれて反射的に貴也を見上げた。
「何で保健室であんなことになってたんだ」
「貴也の身長とか体重とか知りたかったから……」
 スリーサイズについては伏せておいた。あんな現場を見られたからには、もう隠そうとしたって無駄だ。観念してそれだけ言うと、貴也がまたあの心底呆れ果てた顔をした。
「お前は変態の上に馬鹿だな」
「うん……」
 すごい。貴也にそう言われると落ち込む反面すごい興奮する。両目を潤ませて頷くと、貴也がにやりと笑った。
 あ、今日初めて貴也の笑顔を見た。普段ほとんど笑わない貴也の貴重な笑顔に心臓がばくばく鳴る。今死にたい。この場で心臓が止まって死んでもいい。
「今度からは馬鹿なことする前に、俺に直接訊け。いいな」
「うん……」
 それだけ言うと、貴也はさっさと教室から出て行ってしまった。その足音が完全に聞こえなくなるまでうっとりと貴也の去っていった扉を眺めてから、俺はようやくさっき彼が言った言葉を思い出した。
 今度から俺に直接訊け。確かに貴也はそう言った。
「……うわー、幸せすぎて死ぬ……」
 嬉しい。嬉しすぎてやばい。
 これってつまりストーキング行為が公認されたってことだよね。
 貴也のストーカーでよかった。ほんとによかった。貴也愛してる!

End.


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