ストーカーと保健医の攻防 1
伊都聖司は変わった。そう言われている。 ここ一年ほどですっかり癖になった態度や服装は変わらないし変える気もない。ちょっとくらい不真面目ぶった方が楽なのを覚えてしまったから、俺はずっとこの調子だと思う。貴也にうざいって言われたらやめるけど。 変わったことはひとつだけ。俺はもう二度と親衛隊の男の子たちと寝るつもりはなくなっていた。この変化を喜ぶ人間も悲しむ人間も居るのはわかっているけど、でも貴也がやめろって言ったからもうやめる以外の選択肢なんてない。貴也に嫌われたら俺死ぬしかないもん。 「伊都さま……どちらへ……?」 ベッドでのお付き合いを全て断るようになった俺と親衛隊の男の子たちの距離は、まだ固まっていない。恐る恐る問いかけられて、俺はそっと微笑んだ。彼らが俺の慰めになってくれていたのは事実だから、貴也に再会してから少し気持ちに余裕の出てきた俺は出来るだけ彼らに優しく振る舞うように心がけてはいる。 「ちょっと用事があって、保健室にね〜」 「保健室……ですか」 途端に心配そうな顔をされて苦笑した。 この学院の保健室は少し変わっている。近くの総合病院との距離が離れていること、良家の子息たちを預かっていることを踏まえ、ここでは養護教諭ではなく医師が駐在している。だから正確には保健室というよりは診療所という表現の方が近い。設備も整っていて安心できる環境だ。 ただし、保健医には安心できないらしいけど。 保健医の白金(しろかね)が苦手でない生徒なんてどれくらい居るんだろう。彼はバリタチだというのがもっぱらの評判で、どんな生徒でも保健室に行けば必ずセクハラされると有名だ。それが事実だとすればそんな奴を何故学院に留めているのかはさっぱり不明だけど、とにかくそんな噂がある。 昨年からこの学院にやってきた俺は噂を聞いて一度も保健室を訪れたことがなかった。真偽のほども、だから未確認だ。だけど今の俺には重大な目的がある。噂なんて知ったことじゃない。 「君、貴也のスリーサイズ知ってる?」 「は?」 「やっぱり知らないよね〜」 突然の問いかけに目を白黒させる親衛隊員に笑って見せて、俺はふらりと廊下に出た。だって俺、貴也の個人情報知りたいし。身長体重スリーサイズを確認して抱き枕作って寝るんだ。絶対安眠できる。貴也の夢も見られるかもしれない。 「伊都さまっ」 「だーいじょーぶだってぇ」 背中越しにひらひら手を振って、俺は弾む足取りで保健室を目指した。貴也のスリーサイズ貴也のスリーサイズ。保健医は幾らで売ってくれるかな。
「青山のスリーサイズだあ?」 笑顔で保健室を訪れ、早速本題を切り出した俺は、白金の引き攣った表情に迎えられた。なんでそんな顔をするんだろう。好きなひとの情報は髪の毛の本数まで知りたくなるものでしょ。あっ、あと爪の伸びる速度も知りたい。 「そう、青山貴也の情報〜。わかる限りぜーんぶ教えて」 早く知りたい。待ちきれなくてそわそわしながら訊くと、白金が今度はニヤニヤし始めた。 「ふーん。なに、惚れちゃってんの」 「うん。愛しちゃってるの。だから何でも知りたいんだよね」 あっさり肯定すると嘆息された。失礼な。きっと白金は恋なんかしたことないんだろう。 「教えてやる代わりに言うこときけっつっても?」 「もっちろん。何でもするよ〜」 「……何でも?」 「だからぁ、そう言ってるでしょ」 ふーん。白金が唇を歪めて笑う。彼は窓際の席から立ち上がると、俺に向けて手招きをした。 「じゃ、こっち来い」 「はーい」 教えて貰えるなら何でもやるに決まっている。だって貴也のことが知りたい。前より間違いなく成長した身体に近づいたら迷惑がられる可能性があるから、迷惑をかけずに情報だけで満足できるようにしたい。 白いカーテンの前に白衣の白金が立つと、同じ色同士が同化しそうに見える。襟足とサイドの前髪が長めのスタイルは、白金の切れ長の目によく似合っていた。俺はちょっと系統が違うから真似できないなあ。 「わ」 「じゃ、俺のお願い事が先ね」 胡散臭い笑顔の白金に、思い切り突き飛ばされた。
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