あるストーカーの顛末 前編
俺には好きで好きでたまらない相手がいる。 奴は同じ中学に通っていた後輩で、名前を青山貴也(あおやまたかや)という。いい名前だ。俺はあいつの名前を一日に五十回はこっそり呼んでいた。髪を脱色してから銀色に染め、青いメッシュを入れてるのがチャームポイントの、誰もが認めるイケメンだ。人より少し活発に喧嘩してる姿は何時間でも眺めていたいし、授業中にぼんやり黒板を眺めている時のまばたきの数を窓の外から数えるのは幸せだし、あいつがチームのトップからの電話に出る時のちょっと素直じゃない「ぁあ、なんだよ?」って第一声では抜けた。というかうまいことそれを聞けた夜は必ず抜いてた。 ちょっと異常だ。自覚してるけど。 正直な話、貴也を見ているだけで俺の願望はどんどんエスカレートしていく。あの唇にキスしたい、少し尖った犬歯を舐めたい。銀髪に触れたい、ブリーチで痛んだ髪にちんこ擦り付けたい。手を握りたい、爪を俺の歯でかじって爪切りの代わりをしたい。体臭嗅ぎたい。あいつが出すなら精液も舐めたい。今でもそう思っている。 うん。迷惑だ。それも、ものすごく。 俺は少なくともこれまでの人生で初めてここまで激しい勢いでひとりの人間に執着した。そして自分の変態性をものすごい勢いで自覚した。俺自身、こんなこと言われたら引くどころが半殺しにする。気持ち悪いだろこんなの。要するにストーカーだし。 現実的には俺はただの先輩で、たまたま委員会が被った貴也の隣の席に月に一度座っていただけの図書委員だった。内心は一切漏らしてない。貴也との接触なんて、朝遭遇できたらおはようと声をかけて無視されるくらいと、あとは図書委員による本の紹介文を書く番になっても提出がなかった時に探して受け取りに行ったくらいだ。その時も確か、一分も顔を合わせてなかった。 貴也。たかや。たかや。一つ年下の彼に、好きだと自分の中ですら言えないくらい執着している。あいつの全人生を遠くから観察し続けられたら、俺はもう何もいらない。 だから俺はよくよく考えた。進路調査の紙を目の前にして、とにかく貴也のことだけを。あいつの近くに居続けるのは確かに俺の望みだけど、もっと広い視点で考えた。俺がいるってことは、つまり貴也の近くに変態がいるってことだ。貴也の声とか後ろ姿とか靴を踏み潰した踵とかでマスかいてる変態ストーカーが。 そんなの許せない。そうだろう? だから俺は自分自身を排除することにしたのだ。貴也の近くから。 俺がこんな山奥の、金持ちの坊ちゃんばかりが集っている巨大な学園に来たのは、つまりそのためだ。 ここなら閉鎖的で、なかなか外出ができない。そもそも貴也の住んでいたところからもかなり離れている。きっとここでなら俺は貴也をストーキングしに戻れない。 だけどそれだけじゃ不安だった俺は、抱え込めるだけのことを全て抱えた。成績は学年で十番以内、教師にもクラスメイトにも頼まれたことは何でもやる。誰にでも親切にして、色んなところに顔を出して、高校生活を楽しんでいる自分を演出した。 口を開けば貴也の名前を呼びたくなるから他の人間の名前を呼びまくった。眠れば貴也の夢を見るから、もうホモさえどうでもよくなって俺に身体を差し出してくれる男の子とセックスしまくって泥のように寝た。鏡を見れば貴也の隣の席に座ったことのある自分自身にさえ嫉妬して、髪の色を変えてピアスをあけまくって別人のようになった。 だけど、だめだった。俺は貴也のことを忘れられない。 卒業して貴也と進路が別れてから一年が経って、俺は気付けば抱きたい抱かれたいランキングにランクインしていて、親衛隊が出来ていて、そして生徒会会計になっていた。 みんなが俺を羨む。家柄も、成績も、人望もあっていいじゃないかと言う。でも本当は羨ましいところなんて欠片もない。俺には貴也がいないから。ほかの何があっても何の意味もない。面白半分に後輩にちょっかいを出していても、俺の内心は冷え切っていた。 それがこれから先ずっと続く。 そう思っていた。 「セフレなんて良くない。もっと自分と相手を大切にした方がいいんじゃないか、聖司(せいじ)」 「うーん、そうかなあ」 セフレにしていた親衛隊の子に付き合って欲しいと言われて、それを断った。これまでも時々あったことだった。 泣きながら去っていったその子と入れ違いに現れた、時期はずれの転入生。聞いていたなんて悪趣味な。 彼に言われても、俺の心は動かない。曖昧な笑顔を浮かべ、やんわりと拒絶する。 こいつは確かに俺を思いやってくれているんだろう。ただ、その優しさは風のように俺のからからの空洞を吹き抜けるだけだ。俺はつくりものの笑顔でそいつを拒絶するために転入生に向き直り、そして呆然となった。
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