I Don't Want to Fall in Love
4

『属性も禁色も、例え偽物であろうと誰かの目につくと始末に困る。これでも羽織らせておけ』
 紫の髪の男がさっきまで俺が座っていたあたりへ歩いていったかと思うと、俺の頭に布をばさりとかけてきた。俺を拘束していた奴に着せかけられて、それが何かの着物だとわかった。慌てて前をぐっとかき寄せると、そのまま両肘を取られる。
『牢へ入れますか』
『……あまり他の者に見られてもまずい。飛香舎が空いている。そこへ運び、逃がさないよう見張らせておけ』
『飛香舎へ! しかし……』
『触媒もなしに何かできるはずもないだろう。……随分美しいが、女ではないからにはどの家の差し金でもなさそうだ』
 紫色の男がちょっと皮肉っぽく微笑む。何だか嫌な感じがしたが、意地の悪そうな表情はやたらその男に似合っている。俺はほんの僅か男に見とれてしまい、そんな自分が恥ずかしくなって慌てて口を開いた。
「おい、あんた、俺をどうするつもりだ」
『……ふん、声も悪くない。今夜にでも味を見たいところだが……由利をつけ、年や名を確認させろ』
 男が俺から視線を外して、横の奴に何か指示を出している。
「通じなくても返事くらいしてもいいんじゃねえの」
 不機嫌になって男を睨みつけると、男が薄い笑みを浮かべて手をひらりと振った。
 途端に、後ろの奴が俺の首をきゅっと絞める。あっと思うまでもなく、俺の意識はことんと落ちてしまった。


「……いてて……」
 目を覚ました途端、軽い頭痛を感じて顔をしかめる。頭を抑えて起き上がると、俺は見たこともない部屋に寝かされていた。
 あいつらが直衣だの狩衣だのを着ていたから平安時代か何かにタイムスリップでもしたような気分でいたが、俺の居る部屋はちょっと時代錯誤感はあるものの洋風だった。やたら豪華なベッドには壁と一体化した巨大な天蓋みたいなものがついているが、ベッド全体ではなくて枕元だけを覆うものは初めて見た。その代わりのように天井のど真ん中からはシャンデリアがぶら下がっていて、それだけで部屋全体を充分きらきらしくしている。天井や壁の至るところを金の浮き彫りが飾っていて、白と金色のコントラストが眩しいくらいだ。呆然としつつもベッドから降りようと下を向くと、これまた物凄く複雑な色合いで桜を織り出した絨毯が床一面に敷かれているのが目に入った。
 何だ、この絢爛豪華な部屋は。
 凄いだとか感心する以前の問題で、すっかり呆れてしまった。明治っぽいというか、いわゆる迎賓館なんかにありそうな部屋だな。どちらを向いてもキラキラしていやがる。
 しばらく眠っていたのか、紗のカーテンから射し込む光は明るい。恐らくまだ午前中だろう。
 ベッドの端に腰掛けた状態で嘆息していると、ゆっくりとドアが開くのが見えた。
『失礼いたします』
 入ってきたのは随分大柄な女性だ。見たところ身長は俺より頭半分くらい高いんじゃないだろうか。
「あの、俺の言葉はわかりますか」
 一抹の希望を持って話し掛けてみると、女性は困ったように微笑んだ。
『何かご要望がおありでしょうか。申し訳ありませんが、お言葉がわからないのです』
 あ、だめだ通じねえ。
 俺ががっかりしたのを見てか、女性はゆっくり歩み寄ってくると、身体をかがめて俺と目線を合わせた。幾らベッドに座っているとはいえ、わざわざかがまないと目線すら合わないってどうなんだろうな。このベッドだって俺の脚が床に届かないくらいだから、かなり高さはあるはずなんだが。
『わたくしは、由利、と申します』
「ん?」
 彼女はどうやら名乗っているらしい。自分を指差し、『由利』と何度か繰り返した。
「由利?」
『はい』
 にっこりと女性が頷く。それから、俺に手のひらを向けて、『お名前は?』と何か問い掛けてきた。ここまでくればわかる。名前を訊かれているんだな。
「理一。紫藤(しどう)、理一」
『リイチ、様?』
 相手が下の名前を名乗っているから、俺もそちらを呼ばせた方がいいだろう。笑みを浮かべて頷いてやると、由利が納得したように『リイチ様』と呼びかけてきた。俺の名前の後についているのは多分敬称だろう。「様」なのか「さん」なのか「君」なのかはわからないが、それは周りの会話を聞いていれば追々判別できるようになるはずだ。
 由利はにこにこと微笑みながらお茶を淹れて差し出してくれた。ありがたく受け取って飲んでみると、茶というよりハーブティーに近い味がする。ここではこれが普通に飲まれているんだろうか。
 続いて由利は俺の年齢を尋ねてきた。十八歳だと言うと随分驚かれた。どうやら信じきれないらしく繰り返し尋ねられたが、こっちも何度も指を折って十八と示し続けるうちにようやく納得したようだ。何度も不思議そうな顔をして俺を眺めている。茶を飲みながらちらりと視線を向けると、不躾だったことを詫びるように会釈して視線を伏せた。
「由利、お幾つでしょうか」
 何度も言われたからこれが年齢を尋ねるフレーズだと俺も把握している。気になって訊いてみると、十六歳だという衝撃的な答えが返ってきた。そうなると先ほどのやり取りの真逆だ。俺は何度も由利に年齢を確認してしまった。あの紫の髪の男を始めとする数人の男たちは、誰もが二メートルを超す大男ばかりだった。つまり、あいつらがでかいんじゃなくて、ここでは俺が小さいんだろう。
 身長が一九十くらいある十六歳の女の子か……。そりゃ俺の年齢にもびっくりするよな。
 しみじみと実感して少し落ち込んだ。

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