第一章

I Don't Want to Fall in Love
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 頭脳明晰、文武両道。何でもオールマイティに出来る生徒会長。そう評価されているのは知っている。一八十センチを超える身長に、十人中十人に美形だと言われる顔立ち。だけど、それが何だと言うのだろう。大概のことは人並み以上に器用にこなせるけれども、それぞれの分野に特化した人間には適うはずもない。見た目がどれだけ良くても、中身が伴わないなら魅力なんて半減する。俺はそれを全くわかっていなかった。
 この学園に転入生のメイがやってきたのは五月に入った頃。変わった時期に来た転入生は、本人も随分変わっていた。学園の風習にとらわれない明るい性格をした奴だった。あいつの周りの生徒たちも、当然ながら生徒会役員たちも、みんなあいつのことが好きになった。友情だったり恋情だったり、それぞれだ。
 俺はそんな転入生に惚れた一人だった。そもそも、その転入生は俺の初恋の人だったのだ。俺はあいつに好かれたくて出来る限り努力した。他の奴らを押しのけてでも話す機会をつくり、自分をアピールして、学園祭の直前に告白した。あまりにもあいつが困った顔をするから、返事は学園祭が終わってから聞かせろと言って立ち去ったのは俺の方だ。だけど、その学園祭が終わってみると、いつの間にかあいつは俺ではない奴を選んでいたのだった。
 俺は失恋した。実のところ、これは俺の人生で四回目の失恋だ。幼稚園の頃のメイにも、小学生だった時のまりこちゃんにも、中学でのミクちゃんにも振られた。そしてみんな俺を振って、俺ではない他の奴を選んだ。振られたとかそういう程度の話じゃない。完膚無きまでに失恋だ。
「もう恋なんかするものか」
 宣言するのも、何度目だろう。さすがに幼稚園の頃はこんなこと思わなかったはずだから、三回目だろうか。初めて失恋した時はノーカウントでいいだろう。泣きすぎて幼稚園を三日休んだけれども。
 独りきりの生徒会室での宣言は、広々とした空間に拡散して、空気を尚更湿っぽくする。学園祭の後の代休も明けた平日の昼間、今頃俺が恋していたあいつはクラスメイトたちと一緒に授業中だ。生徒会室にも俺一人しかいない。生徒会の活動も今日は休みだから、授業が終わったって誰もここには来ない。
 ぼたぼたと涙がこぼれる。泣いているところなんて誰にも見られたことはない。あいつが他の奴に惚れたのは誰のせいでもない。だけど俺はつらくてたまらない。そんなやりきれない気持ちを抱えている時は、独りきりで静かに泣くのだ。そうするうちに、だんだん気持ちが落ち着いてくるはず。それを俺は経験から学んでいた。だから俺は、誰もいない生徒会室で泣いている。
「メイ……」
 呼びかけてもあいつには届かない。それを知っているからこそ、俺は遠慮なくぐしゃぐしゃ泣くことができる。
「お、俺の何がいけなかったんだ」
 しゃくり上げながら、自分でもわかっていた。先ほど、転入生のメイを呼び出して返事を聞いたからだ。
 はっきりと言われた。俺が傲慢すぎると。一方的に気持ちを押し付けられて、困るばかりだったと。そう言われて初めて、俺は今までどうして失恋ばかりだったのかを知ったのだ。
 幼稚園の頃のメイに、理一くんって王様みたい、と言われたのが今更胸に突き刺さる。その時は褒め言葉だと思っていた自分が馬鹿みたいだ。傲慢な性格をしているのは自分でもどこかでわかっていたけれど、それが許されてきたから甘んじていた。
 だけど、周りに合わせられないのだ。簡単すぎるテスト問題を間違えられない。身についたスポーツでミスできない。クラスメイトと気さくに接することもできないし、誰もが自分に従うものだと思っていた。傲慢だと言われても、今更どう直していいかわからない。
「……せっかく再会したのに」
 ぼたぼたと涙が落ちる。幼稚園の頃に初めて恋をしたメイが男の子だとわかったのは振られた後だ。ショックを受けて休んでいるうちに親の都合で引越していったメイ。まさか何年も経ってから同じ学園で再会できるなんて思ってもみなかったけれど、俺はそれを心から喜んだ。俺はホモじゃないし女の子が好きだが、メイだけは別だ。メイなら男でも女でも構わない。そう決意して一生懸命アピールした結果が、失恋だ。
 性別の壁を乗り越えた恋が報われなかったショックは今までのどの失恋よりも大きく、つらい。
「メイ、メイ……」
 俺は泣きながら生徒会長席の椅子にうずくまった。膝を抱えて座り、そこに顔を押しつける。泣き疲れて眠気がやってきたが、構う気にはなれなかった。明日はさぞや目が腫れるだろうが、そうしたら部屋に籠もればいい。あんなに好きだったメイと、どんな顔をして会えばいいかわからない。
 いつしか俺は、泣きながら眠りについていた。

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