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後生可畏

 コウ国王都、ファンジンの東側には五花閣と通称で呼ばれる花街がある。春宵楼を始めとする五つの老舗とその他多くの妓楼が集まるそこは、この国では最も美しい妓女たちを集めた街として知られている。その五花閣にほど近いところに店を構えて腸詰めを売る屋台が、セイショウカンの実家だ。
 屋台とは言っても馬鹿にはならない。年季の入った屋台は古びているが、五花閣へ入る際に必ず通る大通りに開業できるだけの味は確かで、客は引きもきらない。見た目からはわからないが、実のところセイショウカンの実家は、平民にしてはかなり裕福な方だった。
 とはいえ、人手は足りなくなることはあっても余ることはない。軍に入って七年になるセイショウカンは、仕事の傍ら休みの日にはこうして実家の家業を手伝っているのだった。
「セイショウカン!」
「ん?」
 今日も既に半日ほど雑用を勤め、そろそろ日は西日になってきている。客の残していった皿を下げていたセイショウカンは、声を掛けられてひょいと顔を上げた。その拍子に西日が目に入り、くっと目を眇めた。
「オウヨウコウじゃないか。オウヨウシンも一緒か」
 オウヨウコウは金髪の眩しい男前だ。その髪が金色でさえなければ、成長さえすればどんな女も選り取り見取りだろうに。初めて会った時にそう思った覚えがある。鼻筋の通った男らしい顔立ちなのに、髪の色で損をしている典型的な例だ。
 対してオウヨウシンは布で隠しているが赤い髪が特徴的な大男で、オウヨウコウは彼の義理の弟であるそうだ。磊落な彼は包容力があり、セイショウカンは彼を内心で兄のように慕っている。
「久しぶりだな、セイショウカン」
 そんな二人の後ろから顔を覗かせて会釈したのはオウヨウホウで、貴族らしい茶色の髪を同じように隠しているが、その息を呑むほど美しい顔立ちまでは隠れていない。現に、近くを通りがかった女性が何人か、ぽーっと彼に見惚れて立ち止まっている。それに気づいたオウヨウホウが苦笑すると、女性たちが慌てて立ち去った。女性から男性に声をかけるのがはしたないとされる文化でなければ、今頃オウヨウホウは女たちに取り囲まれていてもおかしくはないだろう。それほどの美少年ぶりだった。
 オウヨウコウ、オウヨウホウの二人とは、下積み仲間だったオウヨウシンの紹介で知り合った。それ以来、こうして四人でつるんでは度々街へ繰り出している。セイショウカンが軍に入った頃からの付き合いは、既に五年ほどになる。
「今日は揃ってどうしたんだ? ……母さん、ちょっと出てくる!」
 手を拭ってから前掛けを外す。ひらひらと振って見せると、屋台の向こうから顔を出した母が客の応対をしながら犬を追いやるように手を払った。もうかなり手伝ったことだし、後は勝手に出掛けてきていいということだ。
「今日は五花閣へ繰り出そうと思ってな。春宵楼なんかどうだ」
「何を言っているんだ。あんな敷居の高いところ、吾たちが入れるはずもないだろう」
 真っ昼間から堂々と言って見せているが、今年二十一歳のオウヨウシンはセイショウカンと同じく軍人としては下っ端だ。大した稼ぎでもないのに、春宵楼の馬鹿高い花代が賄えるはずもない。オウヨウコウとオウヨウホウはその二つ下の十九。セイショウカンは二十二になるが、稼ぎはオウヨウシンと同額だ。
 呆れてオウヨウシンを睨みつけるが、彼は気にした様子もなく笑うばかりだ。
「何を心配しているんだ、吾とオウヨウホウが居れば敷居くらい跨げるさ」
「吾はそういうことには興味がないと言っている」
「自信がないのだろう」
「そうではない!」
 オウヨウコウに揶揄われ、オウヨウホウが柳眉を寄せて抗議する。
「お前は興味あるだろう?」
「……う」
 オウヨウシンに肩を抱き寄せられて問いかけられ、セイショウカンは居心地悪くなって肩を竦めた。成人すれば五花閣への出入りができる。既に成人しているセイショウカンは、確かに内心ではごく近所にある娼館を気にしていた。そこにオウヨウコウが笑いながら畳み掛けてくる。
「今日は吾が奢ってやるから、な?」
 何故そこでオウヨウシンを差し置いてオウヨウコウが財布を持つと言い出すのかはわからないが、セイショウカンの気持ちは揺れた。ぐっと言葉に詰まったのを諾と取って、オウヨウコウたちが意気揚々と歩き出す。
「だっ、だから、吾はいい!」
 慌てたのは意外にもオウヨウホウだ。何とか断ろうとしたセイショウカンは、彼の勢いに驚いて断りの言葉を失う。
「何だよ、怖じ気づいたのか」
 オウヨウシンが彼をつつくと、その白い頬がかっと染まった。
「お、吾は初めては好きな人としたいんだよ!」
 焦ったためか、案外大きな声で言ってしまったオウヨウホウが顔を真っ赤にして俯く。その向こうで、一瞬だけオウヨウコウが暗い顔をしたのが見えた。
 何かあったのだろうか。そういえば彼は好きな女がいると言っていたが、もしかしたらその女に失恋でもしたのかも知れない。それを慰めるために、オウヨウシンが妓楼へ行こうなどと言い出したのでは。そう考えてしまうと、途端に断ろうという気持ちが萎れるのがわかった。
「いいじゃないか、無理しないでも。吾は行くよ。オウヨウホウは茶でも飲んでいればいい」
「……それなら」
「よし、じゃあ行くか! 春宵楼に入ったリュウヨウという妓女が最近有名らしいな。何でも、小鳥の囀りのような声をしているんだとか」
「吾は茶を飲みに行くだけだからな」
「わかってる、わかってる」
 渋々頷いたオウヨウホウの肩をばんばん叩き、オウヨウシンがさっさと歩き出す。セイショウカンとオウヨウコウがその後に続き、一行は妓楼の集まる街、五花閣へと足を踏み入れた。
 その頃のセイショウカンは、オウヨウという名字を名乗る三人の似ていない兄弟たちが実際には兄弟でも何でもないどころか、オウヨウコウと名乗っていた金髪の男がこの国の第三王子であるとは夢にも思っていなかった。今からちょうど十年前のことだった。

(続きはまた次回!)






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