正しい年賀状


 俺は今年の始めまで、山奥にある全寮制の高校に通ってた。ちょっと何もかも嫌になって兄弟校に転校してきたんだけど、こうしてわりと普通の高校に通ってみると、あそこがどんなに変わったところなのかしみじみ実感しちゃうなあ。
 あの高校は、今思うとほんっとーに変わってた。女の子なんていない山奥にいると、みーんな男相手でもよくなってきちゃって、人気者には親衛隊なんかあったし、そもそも生徒会だって人気投票で決まってた。俺もその風潮にすっかり染まって可愛い顔してる男の子たちと寝たりなんかしちゃって、ついでに生徒会の会計なんかもしてた。
 自分でもバカだったなあと思うのは、うっかりかいちょーに惚れちゃってたこと。
 確かにかいちょーはイケメンだったし頭も良かったし運動とかもできて、ほんっとカンペキだったんだけど、その代わり結構横暴だったし俺様だった。可愛い系でもないのに何でだろって思うけど、たまーに疲れて授業中うとうとしてる時の横顔が可愛かったのがいけないんだと思うんだよねえ。あのギャップずるいっしょ。
 俺は確かにかいちょーに片想いしてたけど、生徒会のみんなとも仲良くやれてたし、親衛隊の子たちは可愛かったし、わりと毎日楽しかった。
 でも、平和だったのは最初だけ。ちょっと変わった転入生がやってきて、今まで誰にもなびかなかったかいちょーがあの子に自分から近づくようになってからは、毎日が辛くなってた。転入生は明るくて面白くて、あの子がいるだけでみんな結構めんどくさがってた生徒会の仕事にも打ち込んだりして、どんどん周りは明るくなった。だからあの子は全然悪くないんだけど、でも俺ってばかいちょーが誰のものでもないから片想いも楽しめてたんだよね。あの子は会長のことすっかり好きになってどんどんアピールするし、かいちょーも満更でもなさそうだったし。恋愛するかいちょーを見るのは辛いよ、やっぱさあ。
 決定打は、かいちょーと副かいちょーが話してるのを聞いたこと。副かいちょーが、会長は転入生のこと好きなんですか、って質問してるのを聞いて、思わず聞き耳立てちゃったんだよね。
 かいちょーは否定した。俺はそれを聞いてほっとしそうになって、それから息もできなくなった。かいちょーは、ずーっと他の人に片想いしてたんだって。それを諦めたいから、転入生のこと好きになりたいんだって。
 俺、そんなの知らなかった。かいちょーは誰のことも好きじゃないんだと思ってた。誰より一生懸命かいちょーのことを見てかいちょーのことを思ってたつもりだったのに、俺は全然気づかなかったんだ。
 変かもしれないけど、俺にとってはそれが何よりもショックだったんだよー。
 だから俺は転校したの。母さんが寂しがってたし、ちょうど良かった。
 今は毎日楽しいよ。男子校だけど市街地にあるから、結構みんなカノジョとかいるし。俺も可愛い女の子たちと遊んだり寝たりしてる。女の子ってやっぱ可愛いよね。ふわふわしてるし、いい匂いするもん。
 俺にとってあの学園のことはどんどん夢かなんかみたいになっていった。きっと環境のせいだったんだろうなー。今じゃ男の子と寝たいなんて思わないしね。
 一学期も二学期も楽しく過ごして、あっという間に冬休み。みんな寮なんかで暮らしてないから、何年ぶりかに俺は年賀状を書いてる。明日までに投函しとけば、お正月ぴったりに届くんだって。
 クラスメイトに書いて、母さんに言われたからせんせーにも書いて、あと昔の友達とか、どんどん書いていく。もー手が痛いよ。書き上がった年賀状を束ねてトントン。よし、次。
 当たり前みたいに新しい年賀状にかいちょーの実家の住所と名前を書いちゃってから、俺は固まった。今まで毎年かいちょーに送ってたから、なんとなくやっちゃった。一年に一回しか書かないのに、住所なんか暗記しちゃってるのきもちわるー。そんで、無意識に書いてんのきもちわるー。
 生徒会のみんなとは連絡先を交換してたから、転校してからもたまにはメールが来たりする。だけど、かいちょーから連絡があったことは一回もないんだよね。
 この年賀状は後で捨てよう。そう決めて、俺は年賀状をひっくり返して、一言だけ書いた。
 かいちょーに会いたいよー。
 文字にした途端に悲しくなって、俺は年賀状を放り出したまま出かけることにした。母さんに何時に帰るのかきかれて、今夜は友達のとこ泊まるって返す。友達っていうか、誰か女の子のとこ泊まろう。ふわふわの女の子に慰めて貰おう。歩きながら電話で女の子呼び出して、あーあ、俺ってほんとバカだなー。
 結局そのまま二晩連続で女の子のとこ泊まり歩いて、俺は年賀状のことなんてすっかり忘れてた。母さんが出しといたわよって言ってたから、それで安心してたし。
 年が明けて、女の子たちと初詣いったりなんかして、明日からはまた学校だー。何となく誰かと遊びたい気分にならなくて、泊めてくれた女の子のうちを出て一人でだらだら歩いていたら、家の前に不審者はっけーん。うー寒い。寒いのに、こんな朝から何やってんだろ。
「相変わらずじゃねえか」
「え……」
 かいちょー。そう呼ぼうとしたけど声が出ない。冬の冷たい空気の中で、かいちょーが俺をじっと見てる。制服じゃないかいちょーなんて初めて見た。なんか、ダッフルコートなんか着ちゃって、かいちょー可愛い。え、ていうか何でここに、かいちょーがいるの。
「お前には貞操観念ってやつがねえのか」
「え、え」
 不機嫌さを丸出しにして、かいちょーがずかずかこっちに来た。思わずぴんと背筋が伸びる。それを見たかいちょーがちょっと笑って、俺の頭をぐしゃぐしゃっとかき混ぜた。ちょっ、これでもちゃんとセットしてきたんだけど。
「ほんっと、お前軽いな、頭も下半身も」
「バカにしてるでしょ……」
 あんまりにもかいちょーがいつも通りだったから、何だか一瞬であの学園に戻ったみたいに錯覚する。かいちょーったら、すぐ俺の髪ぐちゃぐちゃにするんだよね。その度にむくれて抗議するのが、俺とかいちょーとの日常だった。だからついつい昔と同じように拗ねてかいちょーを睨むと、かいちょーがちょっと泣き出しそうな目をした。
 えっ。なに今の。そんなかいちょー見たことない。いつでも自信満々で堂々としてるかいちょーしか、俺見たことないよ。
 驚いてもう一度かいちょーの目を見ようとしたら、かいちょーの胸にぎゅーっと顔を押し付けられた。いつものかいちょーじゃない。ここはあの学園じゃない。俺の家の前で、冬のひんやりした空気の中で、かいちょーに抱き締められている。
「……俺だって会いたかった。ずっと、お前が好きだった」
 かいちょーの声と、俺の頭を抱え込む腕がちょっと震えていて、俺はあの時書いた年賀状が正解だったことを知った。


即興小説トレーニング
お題:正しい年賀状
制限時間:1時間

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