王様は犬にちょっと待ってほしい


これこれをすごく短い話にしました。


『妾に、何かして欲しいことはありますか?』
 トールがそう問い掛けてきたのは、ある穏やかな昼下がりのことだった。
 ライソウハから聞いたが、彼は自分が何の役にも立たないことを気に病んでいるふしがあるのだという。だが、瑞祥とは存在するだけで王の資質を認め、天災を和らげるものだ。何かの役に立ちたいと思う必要など本来ないのだが、そう考えるトールがいじらしく、コウライギは優しい微笑みを浮かべた。
「そうだな……まずは、吾の恋人になって欲しい」
 小柄な身体をひょいと抱き上げ、膝に乗せる。
「泣かないで欲しいし、もう少し吾に甘えて欲しいな」
『コウライギ……』
 ふんわりとトールの頬が染まる。恥ずかしげに睫毛を伏せるさまを眺めながら、コウライギはトールに訊き返した。
「お前こそ、吾にして欲しいことはないのか?」
 きょとんと目を見開いたトールが、次に少しもじもじと身じろぐ。その頬がますます赤くなっているが、一体どんな要望が出てくるのだろうか。楽しみに待っていると、やがてトールはおずおずと視線を上げ、か細い声で言った。
『あの、コウライギの胸に触ってみてもいいですか?』
「あ、ああ」
 予想外のことを言われて戸惑う。トールは許しを得て安心したのか、口許に笑みを載せてそっと手を伸ばしてきた。小さな掌がそっとコウライギの胸に触れる。
『うわ……すごい』
 厚みを確かめるように触れていた手が、やがて心臓の上にくる。鼓動を確かめるように触れられて、コウライギは苦笑した。天上とは文化が違うからか、トールは時折コウライギが予想もしなかったことを言ったり行ったりする。これも、きっと彼には意味のあることだろうと任せながら、コウライギは重ねて問い掛けた。
「まだ他にはないのか?」
『ええと……コウライギには、もっと自分に自信を持って欲しいです。あなたは素晴らしい人です。例えちょっと我が儘なところがあって、寝台ではしつこくて、自分ひとりの判断で物事を決めてしまうところがあっても、コウライギは王として立派な人です』
「そ……それは嬉しい言葉だな。そのように心掛けよう。他には?」
 素直に話して欲しかったのは本心だが、言葉責めして欲しかったわけではない。たじろいだコウライギにトールが小さく微笑んだ。
『あと、コウライギも仰っていましたが、泣かないで欲しいです。コウライギが悲しくならないように、妾はいつでもコウライギの傍にいます』
「ああ。吾もずっとお前の傍にいる。……まだ何かないのか? 叶わないことでも構わない、言うだけ言ってみろ」
 促されて、トールが少しだけ切ない目をコウライギに向けてきた。膝の上に抱えた小さな身体が僅かに震える。言葉を忘れたかのようにその唇が揺らいで、それからぽつりと呟いた。
『コウライギに、両親に会っていただきたかったです……。父と母に、妾の好きな人に会って欲しかったのです』
「トール……」
 トールの綺麗な黒い双眸が僅かに潤む。だが、泣かないで欲しいと言ったことを思い出したのか、泣き出すことはなかった。コウライギもまた、両親を置いて来なければならなかった彼の心情を思って言葉を失う。
 しばらくしんみりとした雰囲気に身を任せ、そっとトールの額にくちづけを落とす。すると、不意にトールが顔を上げた。
『あ、あと連帯保証人になって欲しいです』
「ああ、構わな……だがちょっと待って欲しい」
 反射的に答え、コウライギは自分の胸に縋っていたトールを引き剥がした。
「何を言っているんだ、トール?」
 思わず真顔になって問い質すと、トールがきょとんと首を傾げた。
『シンシュウランから、恋人の誠実さを確かめるには連帯保証人になって欲しいと頼んで承諾して貰えるかどうかでわかると教わりました。連帯保証人とは何ですか?』
 肩から力が抜け、同時に長々とため息が出た。シンシュウラン、あいつ、次に会ったら張り飛ばしてやる。
『コウライギ? どうしたのですか?』
 がっくりとうなだれるコウライギに、何も知らないトールからの心配そうな声が掛けられる。コウライギはどこから説明すればいいものかの判断に困り切って、とりあえず乾いた笑いを零した。

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