腐男子は総受けない
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 俺、中野始は腐男子である。ゲイではない。
 俺が腐男子になったきっかけはごくありふれたものだ。小学生の頃に、よく読んでいた少年漫画の新刊を買いに出かけた際に誤って同人アンソロジーも一緒に購入してしまったことが始まり。少年漫画より一回り大きいサイズの本に疑問を覚えはしたものの、表紙に見慣れたキャラクタが掲載されていたのが誤解の原因だ。その後聞いたところによると、同じようなきっかけでBLに転んだ人間は男女問わずかなりの数居るようなので、俺としては切実に書店側に対処して貰いたいものだ。
 そんなきっかけはともあれ、男性キャラクタ同士が愛を囁き合って終いには性交渉まで致してしまう描写は、当時まだ純粋だった俺に多大な衝撃を与えた。そもそもゲイという性嗜好の存在は知っていても、あんなところにあんなものを突っ込むことが可能だという発想はなかった。普通考えないよね。
 それでも、漫画やアニメの原作では一切あり得ないはずのカップルが同人誌では成立することに面白味を感じ、いつしか二次創作からオリジナル、つまり商業誌に手を出すようになったのが中学生になった頃だ。
 気づけば俺は腐男子になっていた。
 腐男子だからと言って、BLしか読まなかったわけではない。ジャンルを問わずどんな小説でも読み漁るタイプだった俺は、そのうちどんどん増えていく本棚を整理することに嫌気が差して、ネット上の小説投稿サイトを頻繁に閲覧するようになった。文字を読むペースはそこそこ速いと自負している俺は、携帯で手軽に読めるそれに熱中し、気づけばオリジナル小説の創作サイトを巡るようになっていた。
 そして、俺は自分が通っている学院がまさに王道学園と呼ばれるものだと知った。
 山奥などの僻地にある、幼稚舎もしくは小学校から始まる一貫の男子校。金銭に余裕のある良家の子息が集まり、閉鎖的で、生徒会が多大な権力を握っている。そしてゲイやバイが異常に多い。まさにその通りじゃないか。俺は戦慄した。
 幾らBLを読んで楽しめると言っても、俺自身の性的嗜好はあまりゲイ寄りではない。同性を見ても性的な興奮を覚えないし、勿論同性に迫られても全く嬉しくない。残念ながら線が細く優しげな顔立ちや立ち居振る舞いをする始に対しては特にその手の誘惑が多く、散々困らされてきていた。
 しかも、俺は三次元のホモには興味がない。あくまでも二次元、ある種のファンタジーだからこそBLも楽しめるのであって、現実世界には別に欲しくない。
 だけど、ここが本当に王道学園なのだとしたら、俺はどうなってしまうのだろう。
 上級生に性的な意味で迫られて現実と二次元の差異に半泣きになりながら自室に逃げ込んだ中学二年生の俺は、震える手で携帯を操作して検索した。
 王道学園、腐男子。
 二つのキーワードから導き出された腐男子受けという単語に、目の前が暗くなった。そんな馬鹿な。だけどどこかでやっぱりあったんだ、と納得もした。
 その日から俺は腐男子受けルートを回避するためにあらゆる努力を惜しまなくなった。
 小説に出てくる腐男子は一見平凡でありつつも無自覚なことが多いが、これまでの経験から自分の外見については認識済みだ。無自覚美人受けの回避、これがひとつめ。
 腐男子は親衛隊を持っていないことが多い。これはせっかくの盾を放棄しているも同然なので、設立の希望が出ていた親衛隊については即刻許可を行った。親衛隊は風紀委員会でも登録されるので、少なくとも隊員の名簿くらいはいつでも手に入る。何より貴重な味方だ。有事の際の親衛隊による制裁の回避、これでふたつめ。
 非王道もしくはアンチ王道展開において、腐男子は得てして巻き込まれ、生徒会会長か副会長あたりとくっつくことが多い。ついでに序盤中盤問わずどこかのタイミングで腐バレする。これについては極力生徒会や他の親衛隊持ちとの接触を断てば済むことであるし、基本的には生徒会のファンもしくは親衛隊と同じような態度をとっておけば間違いがない。俺は三次元には興味がないから迂闊に近づいたりもしないし。個性の埋没、これがみっつめ。
 これら三つの対策さえ守ることができれば、きっと回避できるだろう。
 だけど、それだけでは根本的な解決にはならない。腐男子受けの原因はもっと別のところにある。つまり、王道展開さえ阻止できれば、俺は静かにBLを読みながら暮らせるということだ。
 俺は萌えと保身を天秤にかけて、よく考えた結果、保身を選んだ。
 それから二年、高校一年生になった俺は努力の甲斐あって穏やかな生活を送っている。


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